障がい者福祉に関する様々な先進的取り組みを紹介するルポ3弾目。今回はこれまでの記事とはかなり毛色が異なる。というのも、先日取材陣が向かったのは福祉事業所ではなく、大分県立美術館(OPAM)だったからだ。そこで11月8日から11月18日まで開催されている「扉をあける」展を、開催前日の11月7日、特別に準備段階で取材させていただいた。その主催団体である「おおいた障がい者芸術文化支援センター」(以下「センター」と呼称)は障がい者の芸術文化活動の定着と発表の機会の拡充を図るため、精力的に活動している。取材では同センターの専門員立花氏が、開催前日とあって準備に忙殺されているにも関わらず快く応じてくださった。まず、「扉をあける」展は2つのブースに分かれている。来場者が最初に入るのは奈良県にある「たんぽぽの家」のブースだ。センターでは県内に留まらず先進的なアート活動に取り組む福祉施設を紹介するため、このようなコラボを行っているのだという。このブースはただ作品を並べているのではなく、ブースの中が更に3つの区画にまとめられている。1つ目は「アートの扉」。ここでは豊かな表現力をもったアーティストたちの作品を純粋に楽しむことができる。2つ目は「デザインの扉」で、障がい者たちの創作活動が企業やデザイナーとコラボし、プロジェクトとして社会参加する過程を知ることができる。そして3つ目は「表現の扉」と名付けられた、障がいのあるアーティストたちが日々どのように作品づくりと向き合っているのか、彼ら・彼女らの魅力的なアートはどうやって生まれているのかについて知ることが出来る区画だ。実際に使用している道具や、スタッフの工夫で作られた自助具などを展示しており、創作の舞台裏を観て楽しむことができる。そうして奈良県のブースを鑑賞した後は、扉1枚隔てて大分県内の障がいのあるアーティストたちの展示スペースに来場者は進んでいく。その先に広がっているのは圧巻という他ない芸術の洪水だ。訪れた人たちはみな、真に多様な障がい特性とアートへの向き合い方を持った作家たちの生み出す「宇宙」に呑み込まれること必至だろう。中でも印象に残った作家が2人いる。まず、徐々に体の筋肉が萎縮していく難病を患い、パソコンのペイントソフトで気の遠くなるような作業をしながら、長い時間をかけて作品を制作している希美(nozomi)さん。中には6年をかけて完成させた絵もある。彼女の絵は温かく微笑ましい情景のイラストが多く、ある作品ではキャンパスいっぱいに広がる青空の中、カラフルな気球が飛び交う様子などが描かれている。もう1人はほとんど何も見えない極度の弱視であるにも関わらず、猫を始めとする動物の似顔絵を描くことを生業としている田上(たのうえ)守さん。彼は極度の視覚障がいがあることが信じられないほど愛情深くモチーフとなる動物の特徴を捉えており、また、一言で心がキュッと切なくなるような短い詩を添えることもある。私のお気に入りは、猫がお尻をこちらに向けて座っているイラストに「心が折れたのでそっとしておいてください」と書かれている作品だ。自分がしんどい時、体調が悪い時に自室のドアにそっとかけておきたくなるようなユーモアを感じられる。この2人のアーティストの話を立花氏から聴いて、筆者は愛読している文筆家、村上龍のある文章を思い出していた。それは、「ロックをやる人っていうのは、それをやらなきゃ死ぬって人じゃなきゃいけないんですよ」(相当昔に読んだものなので、正確でないことはお許しいただきたい)という一文だ。これはかなりの極論で別に誰でもロック=創作活動をしてもよいわけだが、確かに「これをやってなければこの人は死んでしまうんだろうな」と切実さを感じさせるアーティストがいるのもまた事実だ。そんな印象をこの2人の作家からは受けた。そうして全ての作品を鑑賞し立花氏から丁寧な説明を受けた後、筆者は最後にこんな質問をした。「障がいのある人にとって、アートとは、創作活動とはどんな意味を持つのでしょうか?」立花氏はふと怪訝な表情を浮かべ即答した。「それは、障がいは関係あるんですか?」 この答えを聴いて、正直「しまった」と後悔した。くだらない質問をしてしまった、愚問だったと。確かにアートへの向き合い方は千差万別で、そこにどんな価値を見出すかは健常者も障がい者も関係がない。障がいがあろうがなかろうが、そこには1人の表現者がいるだけである。 ただ、言い訳のようになってしまうが筆者自身が精神障がいの当事者(障がい者手帳2級所持)であり、このルポもそうだが少しずつ創作活動を始めた身とあって、どうしても長年障がい者アートの世界に触れてきた専門家の意見が訊きたかったのだ。そのように質問しなおすと、立花氏は県の取り組みを受けてセンターでは障がい者の芸術文化活動を推進していること、そして世の中に当事者の存在を知ってもらい、人との繋がりが生まれることなどを教えてくださった。 筆者自身の考えとしては、障がい者にとっての創作活動・アート作品とはある種の「武器」であると思っている。この社会の中で抑圧され、声を奪われ、まるで存在しないかのように扱われてきた彼ら・彼女らの叫び、そして反抗であるのだと。しかし、その「武器」は健常者を傷つけるために行使されるのではない。あくまで両者の間の架け橋となり、対話の端緒として用いられるべきものである。だが、断絶された2つの世界の相克を解消するためには、時として強い主張が必要となることもある。その時、障がい者によるアートは確かな実在として真に私たちに迫ってくるのである。さて、ここまで理屈っぽいことを含めて色々と書き散らしてきたが、やはりアートというものは実際に観てみないことには何も始まらない。この記事を読んで「扉をあける」展に足を運ぶ人がいるとして、そこで感じるものは筆者とは全く違うかもしれないからだ。そのため、実際に自分の目で観て、そして感じてほしい。繰り返しになるが、障がい者アートの世界を思う存分堪能できる「扉をあける」展は、11月8日(水)から11月18日(土)まで、10時~19時の日程で開催されている(金曜日・土曜日は20時まで)。場所は大分県立美術館(OPAM)の1階。入場料は無料で、開催期間中はワークショップやトークイベントなど様々な企画も行われる。この展示会を通して、あなたの「扉はあけられる」だろうか? また、そうだとしてそれはどんな「扉」だろうか? この記事がそんな気づきの一助にほんの少しでもなったならば、筆者としては望外の喜びである。タイトルおおいた障がい者芸術文化支援センター企画展 vol.5「扉をあける」展示サイトhttps://artbrut-oita.com/event/tobirawo_akeru/会期2023年11月8日(水)〜18日(土)開館時間10:00〜19:00 ※金・土曜日は20時まで開館(入場は閉館の30分前まで)休展日なし観覧料無料会場大分県立美術館1階 展示室A主催者おおいた障がい者芸術文化支援センター[(公財)大分県芸術文化スポーツ振興財団]主催者サイトhttps://artbrut-oita.com/協 力一般財団法人たんぽぽの家、たんぽぽの家アートセンターHANA、Able Art Company、Good job!Center KASHIBA後 援大分県教育委員会、社会福祉法人大分県社会福祉協議会、大分県障害者社会参加推進協議会、大分県民芸術文化祭実行委員会、NPO法人大分県芸振、大分合同新聞社、NHK大分放送局、OBS大分放送、TOSテレビ大分、OAB大分朝日放送、エフエム大分、J:COM大分ケーブルテレコムお問い合わせ先おおいた障がい者芸術文化支援センターTEL 097-533-4505 (平日9:00~17:00)FAX 097-533-4013E-mail artbrut-oita@emo.or.jp出展者(大分)岩川日向子、衛藤富雄、小野天哉、小野治代、後藤和美、芝﨑礼実、清家末次、武井のぶみ、田上守、とよみ園、西尾枝里、希美(nozomi)、平松政敏、プロフェッサー・ミレニアム、堀内俊輔、真澄アキヒロ、山田聖出展者(奈良)荒井陸、伊藤樹里、小松和子、澤井玲衣子、十亀史子、中村真由美、H・K、福岡佐知子、前田考美、山野将志